イスラエル 2017年9月 ベン・グリオン空港で「6」スタートの番号が与えられた私の体験

大満足な旅を終え、ああ、もっと長期で旅を計画すべきだったと後ろ髪を引かれる思いで帰国の途に就いたのですが、この旅での最大のクライマックスは、あの色々厳しいで知られるベン・グリオン空港で起こりました。入国時は問題なく普通に観光客として入国したのですが、なんと出国に際し、私は怪しい人物として1時間にわたる検査を受ける羽目になったのです。これはもっとも怪しい、リスクの高い人物と判断された私の体験です。

 

この空港では、それぞれの航空会社のカウンターにたどり着く前にまずセキュリティーのチェックを受けます。誰と、なんの目的で、イスラエルのどこで何をしたのか、パレスチナに入ったのか、どこのホステルに泊まったのか、というような基本的な質問を受けます。さらには、パスポートの渡航履歴を見ながら、私がどんな人なのかを確認していたようです。

 

セキュリティーのお兄さんは普通に人の良さそうな人で、私は笑顔で聞かれた質問にも答えました。後半、彼はしつこく私のマレーシア渡航履歴について質問をしてしてきました。私は1年前と2年前にたまたま友人の結婚式が続き、マレーシアに週末2泊3日の弾丸旅行を2回していました。そのスタンプを見て彼は一体何をしにマレーシアに弾丸で2回行ったのか、結婚したその友達とはいつ、どうやって出会ったのか、今でも連絡を取っているのか、連絡の頻度はどのくらいか、最後に連絡を取ったのはいつか?など、かなり細かく聞かれました。そして馬鹿正直な私は、丁寧に答えた上、たまたまそのマレーシア人の大学時代の友人の誕生日が数日前だったこともあり、「最近お誕生日おめでとうメールしたー」なんてのんきな回答をしました。

 

彼はちょっと確認してくるーなんて隣の列のオフィサーと話しつつ、オッケーなんて言ってパスポートにバーコードが記載されたシールを貼ってくれました。「じゃあね、アエロフロートは左の端っこだね」なんて言いながら・・・しかし、そのシールに貼られた番号を見て、私は内心驚きました。しかし平然を装ってとりあえずチェックインカウンターへ向かいました。そう、私の番号、なぜか、噂の「もっともリスクが高い人物」カテゴリーに当てはまる、「6」スタートの番号だったのです!!事前情報で数字は1〜6の6段階に分かれていて、数字が大きいほど危険人物と見なされているとは聞いていたのですが・・・まさか自分が「もっとも危険な人物」と見なされるとは!

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6スタートのバーコード

その後ですが、まず、アエロフロートは難なくチェックインできました。荷物も預け、DutyFreeショッピングを楽しみに出国ゲートに向かいました。ところが、もちろん例の「6」番号のせいで、普通の人とは別のレーンへ・・・でも結構そこにも人がいたので、なんてことないか!と思いながら普通に並びました。確か3か4以上の人は同じレーンだったと思います。

 

さて私の番。よくある手荷物検査の機械にリュックを入れて、その後向かいのカウンター的なところで、中身をしっかりと警備の方にチェックされます。と、それだけかと思いきや、まず、呼ばれてポニーテールを解くように指示されたと思ったら、髪の毛の中をグサグサと探られました。その後靴を脱いで全身チェックも受けます。まあまあ、あるある、こんなご時世だもの、と思ってまたリュックをチェックされているカウンターへ戻る。その後リュックの中身を逐一説明しつつ、旅の目的、誰と、どこへ、何泊して、誰にあって、何をして、というのを詳細に聞かれます。パレスチナに行ったか?アラブ人にあったか?まで!最初は丁寧に答えました。一通り質問を終えて向かいのベンチで待ってても、なかなかパスできません。その間、カウンター越しでは私のパスポートを舐めるように見る女性警備員・・・

 

その後彼女の上司的な人も出てきて、また同じような質問に続き、だんだん自分が怪しまれているのを感じる質問をされました。例えば、デザインが素敵だからもらってきたテルアビブ美術館のパンフレットを3ヶ国語分がガイドブックに挟まっていたのですが、「なんでアラビア語のパンフレットも持っているのか?アラビア語できるんでしょ!!」と追及されたり、「東京での職業は何か?今回の旅は自分で払っているのか?それともスポンサーがいるのか?」など・・・そして挙句には「なんで一人旅なんだ?本当は誰かと一緒だった?」とかまで聞かれ、思わず「30後半にもなると、一緒に旅行行ってくれる友達が減るんだよ!!一人で旅行して何が悪い!」なんて本心で反撃してみたり・・・今思うと恥ずかしい。

 

そんな中、私以外の周りの人は、ある程度のチェックを受けたら、パスしてその部屋を出ていくのです。だんだん不安になりますが、だんだんこの長い審査に苛立ちを感じてきました。

 

私のリュックには、エアマック、マックのコンセント、キンドルiphoneiphone 用の携帯バッテリーチャージャー、iphone のコンセント、ガイドブック、お財布、パスポート、お土産のグラス、タオルくらいしか入ってませんでした。電子機器類に関しては、より強力そうな「X 」と書いてある手荷物検査機のようなものに入れられましたが、特に異常は見つからず。でも何度もその機械を通していました。そのほかにもリュックの中を、先端に検査用の紙のようなものがついた棒を入れて中を探り、その紙を特殊な機械に入れて何かを確認しているようです。しかし、何度やっても、なぜか、彼らの使う検査機に入れると、毎回疑うべき黄色か赤いライトがついてしまうのです(涙)彼らも段々となぜだーという感じにはなっているのですが、赤が出る限り疑いが晴れません。私はホステルで誰がに何かを忍ばせられたのかとかまで考えてたのですが、いつもロッカーか自分のすぐ横にあったのでそんなことはあり得ません。

 

刻々と迫る搭乗時間・・・免税店でワインを買う目的は諦めたものの、だんだん家に帰れるのか不安になります。

 

1時間以上たち、彼らも私が本当に全く何も怪しくないことをわかってくれたのか、時間ないよね、という発言も。そして、でも、最後に提示されたのは、すべての電子機器類の手荷物での持ち込みを禁ずる、預け荷物に入れるから箱に入れるようにと。そしてエアマックに関しては、私のフライトではなく、その次のフライトに乗せると言われました。しかし流石にそれは困ります!「ちょっと!私明日帰国したら東京で早速仕事するからそれがいるんですけど!」と言っても聞く耳持たず・・・さらにLINEで家族にやばいかもと連絡していた私に、「その携帯も別送するから、最後に家族に連絡でもしておきなさい」と・・・怖い・・・その言い方怖いよ!と思いつつ、家族に「これ以降東京に着くまで携帯もマックもないので連絡取れません」と連絡し、電源を切る・・・しかも4つのダンボールに、エアマックに関しては、カバーとエアマックを分けて、キンドルも、キンドルキンドルカバーを分けて別の箱に入れる用にと言われます。バッテリー類ももちろん別の箱へ。

 

ダンボールの宛名を確認し、やたら軽くなったリュックを背負い、私は急ぎ足でセキュリティーの女の子に連れられ、関係者用のイミグレーションの列へ割り込みつつ、出国スタンプをもらいました。彼女は最後に、「im so sorry・・・」と私へ気遣いを見せてくれました。思わず、「こんな目にあっても、イスラエル楽しかったから、また来るよ! 」と伝えました。本心です。最後にこんな目にあっても、また行きたい素晴らしいところでした。イミグレを抜け、ゲートまでダッシュ!するとラッキーなことに、搭乗時間が少し遅れたようで、まだ人が並んでいました!私はすかさずワインを2本購入しました!

 

東京に着くと、あれ、預けたバックパックがない・・・(モスクワで乗せ忘れられたそうです・・・)でも、もっと重要なあの箱がありました!!なんとも言えない嬉しい再会です。

 

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エアマックとキンドルケースとの再会

 

私自身、日本のパスポートを過信していたところもありました。でも!!「一人旅行、女性、バックパッカーイスラム圏への渡航履歴」をセットでお持ちの方はくれぐれもお気をつけください。って気をつけようないですけどね。どうやら少なくとも友達とか家族と一緒にいる方が良いのは確かです。少なくとも洋服もうちょっとまともにすればよかったと地味な反省もあります。。。最終日でひどい格好だったのは確かです。

 

以上、イスラエルへ行かれる方のご参考になればと思い、忘れないうちに記録しました。